金融×SaaSは、なぜこんなに難しいのか【Infcurionセミナーレポート】


■企業紹介
株式会社インフキュリオン
「決済から、きのうの不可能を可能にする。」をミッションに掲げ、社会に最適な決済・金融機能を実装する「あらゆる産業・サービスのFintechパートナー」。長年のコンサルティング実績で培った専門性、およびモダンで柔軟な次世代型決済システムを強みとして、BtoCのキャッシュレス決済からBtoBの企業間決済まで、あらゆる決済シーンを網羅する「一気通貫の決済プラットフォーム」を提供しています。
Sansan、日本コカ・コーラ、JR西日本、マネーフォワード、三井住友銀行など、業界を牽引する大企業や先端SaaS企業の決済基盤を数多く手掛ける。年間約1,193兆円にのぼる日本のBtoB決済市場のデジタル化を推進する請求書支払いプラットフォーム『Winvoice』をはじめ、多彩なFintechソリューションを通じて「あしたの世界に、いくつもの自由を。」というビジョンの実現を目指している。
■登壇者紹介
江頭 志保(えがしら しほ)氏
株式会社インフキュリオン Corporate Design本部 HR部 HRBPグループ
新卒で上場メーカーの情報システム部門に入社し、海外拠点のシステム開発やヘルプデスクを担当。人材紹介会社やECプラットフォーム企業などを経て、2023年にインフキュリオンへ参画。現在はエンジニア採用、評価・制度の構築業務を担当し、組織づくりの強化を推進している。
遠藤 善徳(えんどう よしのり)氏
株式会社インフキュリオン Winvoice部 副部長
2002年よりWeb業界でキャリアをスタート。エンターテインメント、医療、金融など複数領域での開発を経験する。スタートアップの取締役CTOを経て、2025年にインフキュリオンに参画。現在は請求書支払いプラットフォーム『Winvoice』にて、金融領域におけるアーキテクチャ設計および技術戦略を統括している。
\ITエンジニア特化の就活支援サービス/
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請求書支払いプラットフォーム『Winvoice』とは
決済インフラの「黒子」として社会を支える
江頭氏:インフキュリオンは2006年に設立され、2026年3月時点で従業員数388名、東証グロース市場へ上場している企業です。
私たちのビジネスを一言で表現すると、「決済インフラの黒子」です。エンドユーザーに直接自社ブランドのサービスを届けるのではなく、あらゆる企業のサービスの裏側で動く決済体験を、APIベースのプラットフォームで支えています。

江頭氏:そして、そのコアプロダクトの一つが、『Winvoice』です。
ビジネスの世界では、原材料を仕入れてから製品が売れ、その売上金が自社の口座に入金されるまでに、数カ月の長いタイムラグが生じることが一般的です。
ここで企業にとって死活問題となるのが、どれだけ将来的に黒字が見込まれていても、一時的に手元の現金が底をつき、仕入れ先への支払いができなくなってしまう「黒字倒産(資金ショート)」のリスクです。

江頭氏:『Winvoice』は、この企業活動に欠かせない重要な資金繰り(キャッシュフロー)の課題を大きく改善するサービスです。
仕組みはシンプルで、企業が受け取った請求書を『Winvoice』にアップロードしてクレジットカードで決済すると、インフキュリオンが代わりに仕入れ先へ最短即日で現金を立て替え払い(銀行振込)します 。カード決済を利用した企業は、実際の現金の引き落としを最大60日先へ後ろ倒しにできるため、手元に現金を残したまま安全にビジネスを回せるようになります 。
\ITエンジニア特化の就活支援サービス/
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金融サービスを開発する難しさ
障害が直接的な金銭損失となり、失敗が許されない
遠藤氏:ここからは『Winvoice』の技術戦略を統括する私から、開発現場における「意思決定のリアル」をお話しします。
前提として、金融サービス開発には、資金決済法をはじめとする各種法律や、国際セキュリティ基準(PCI DSS)、国際ブランド(VISA/Mastercard)などの厳格なレギュレーションが存在します。そして、システム障害が発生した際のインパクトが、文字通り桁違いです。
一般的なWebサービスであれば、一時的なバグは復旧後に修正パッチを当てれば致命傷にはならないケースも多くあります。しかし金融の世界では、1件のバグやミリ秒単位の同期ズレが「お金が消えた」「二重引き落とし」「振込未実行」に直結し、即座に巨額の金銭損失や信用失墜に繋がります。

遠藤氏:特にBtoB決済では、1回で数千万円から数億円という巨額の資金が動くことも珍しくありません。一つのバグが致命傷になり得る、プレッシャーの大きい領域です。
制約を巨大なチャンスに変え、最適解を見つける
遠藤氏:ルールだらけで堅苦しそうに見えますが、私たちはこの厳しい制約をポジティブに捉えています。なぜなら、これほど難易度が高くて面倒な領域だからこそ、他社が容易に追随できない「極めて高い参入障壁」になるからです。
制約の中で、技術と業務知識(ドメイン知識)をパズルのように組み合わせ、ビジネス的・システム的な最適解を見つけ出す。ここが、エンジニアリングの本質的な面白さです。
ここからは、私たちが直面した「3つの挑戦と技術的決断」をご紹介します。

\ITエンジニア特化の就活支援サービス/
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事例① AI-OCRの導入
事業のスケールを阻む「人海戦術」 からの脱却
遠藤氏:一つ目の事例は「AI-OCR(画像文字認識)の導入」です。サービスの立ち上げ当初、ユーザーがアップロードした請求書は、弊社運営チームのオペレーターが目視で1件ずつ確認し、決済内容との突き合わせ(審査)を行っていました。
しかし、この人海戦術では作業負荷が高く、取引量が増えたときに事業を素早くスケールさせることができません。 そこで、オペレーターの作業量を削減すべく、AI-OCRの導入を検討しました。

3つの選択肢と、「MVP戦略」
遠藤氏:導入にあたっては、「AI-OCR SaaS」「自社開発」「パブリッククラウド」の3つの選択肢を比較検討しました。(以下図参照)

私たちは、最初から完璧なものを目指してコストをかけるのではなく、コストを最小限に抑えて素早く市場にプロダクトを出し検証する「MVP(実用最小限のプロダクト)戦略」を採り、パブリッククラウドの採用を決定しました。
交換可能性(Replaceability)を見据えたアーキテクチャ設計
遠藤氏:しかし、この意思決定には続きがあります。
パブリッククラウドを採用して仮説検証を終えていた私たちは、その後に登場した高性能かつ軽量な大規模言語モデル「Google Gemini 3 Flash」へ、即座にリプレースを決断します。その結果、読み取り性能は30%アップし、コストは1/8まで削減できたのです。
このスピーディな移行を実現できた裏には、初期設計段階における「Replaceability(交換可能性)」という思想があります。
特定のAIベンダーに依存しないよう、複数のOCRエンジンをいつでもプラグインのように切り替えられる共通のインターフェースをあらかじめ実装していました。
「今の」最適解は、技術の進歩によって数ヶ月後には最適解でなくなる可能性があります。いつでも最新の優れた技術へ身軽に乗り換えられるように「変えられる設計」を仕込んでおく。これこそが、モダンなSaaSを開発し続けるための重要なアーキテクチャ上の意思決定です。
結果として、オペレーターの作業負荷軽減に留まらず、審査業務の自動化を推進し、事業をスケールさせるための基盤を整えることができました。

\ITエンジニア特化の就活支援サービス/
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事例② 100億円決済への対応
1億円未満しか送れない、レガシーな電文仕様
遠藤氏:2つ目の事例は、BtoB取引特有の巨額な金額を扱う「100億円決済への対応」です。
ここでクレジットカード決済が持つレガシーな壁が立ちはだかりました。決済システム間をつなぐ通信データの仕様上、一度に送信できる金額が「1億円未満(8桁)」までに制限されているという制約があったのです。
この電文仕様は1社だけで変更できるものではありません。そこで、私たちは「システム側で金額を自動的に分割し、複数のトランザクションに分けて実行する」というアプローチを採ることにしました。 例えば80億円の請求であれば、99,999,999円の決済をシステムが裏側で81回に自動分割し、順番に処理していく設計です。

技術的常識とは異なるドメイン特有のルール
遠藤氏:この複雑な非同期処理の状態を安全に管理するため、私たちは「AWS Step Functions」を採用しました。
一般的なデータベースであれば、データの一貫性を保つために処理を「ALL or NOTHING(すべて成功か、すべて失敗か)」で行います。
そのため当初、私たちは、「81回連続で走らせる決済のうち、途中の20回目でエラーが起きた場合は、それまでに成功した19回分の決済もシステムが自動でキャンセルしてロールバック(巻き戻し)する」という一般的な設計・実装を行いました。
しかし、ここに金融ドメイン特有のルールが潜んでいました。 クレジットカード決済には限度額があります。決済の裏側ではシステムが「オーソリ」という処理を行い、限度額から決済額分をキープします。この確保された枠のことを「与信枠」と呼びます。
ここで重要なのは、キープされた与信枠は、決済をロールバックしてもリアルタイムには解放されず、カード会社のシステム仕様によっては翌営業日までロックされたままになる点です。
そのため、数十回分の決済が成功した後にエラーが発生し、自動ロールバックによって決済自体はキャンセルされたものの、顧客の数十億円分の与信枠がロックされたまま残ってしまいます。その結果、エラー原因を解消して再実行しようとした時には、すでに限度額オーバーで他の決済すらできない、という事態を避ける必要がありました。
ビジネスの最適解を導くための軌道修正
遠藤氏:一般的なシステム開発の常識である、「途中でエラーが起きたら一貫性を守るためにロールバックする」というアプローチは、このサービスにおいては正解ではなかったのです。
今回の要件における最適解は、途中でエラーが起きても「絶対に巻き戻してはならない。エラーを解消して、成功するまでその場でリトライ(再実行)する、または処理を一時停止する」ことでした。
私たちには、どれだけ教科書通りに正しい設計であっても、実際のビジネスルールや要件と噛み合っていなければ不正解になる、と認識した開発が求められています。
表面的なモダンさに逃げるのではなく、ドメイン知識をどこまで深く理解し追求できるか。その深い洞察があって初めて、真に「正しい設計」へと辿り着くことができるのです。
これを『Domain Deep Dive(ドメインの深掘り)』と呼んでおり、業務が複雑な金融SaaSには不可欠です。そして、この失敗事例は『Constructive Failure(建設的失敗)』という、失敗から学び、システムをより強固にする文化であり、私たちが大切にしている価値観の一つです。

\ITエンジニア特化の就活支援サービス/
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事例③ AI審査の実装
取引量に比例して増えるコストを抑える
遠藤氏:3つ目の事例は、現在進行形で開発を進めている「AI審査の実装」です。
『Winvoice』のような決済サービスは、不正利用リスクと隣り合わせです。これまでは、コンプライアンスを遵守するため、オペレーターがすべての請求書を1件ずつ目視で確認する審査をしてきました。
しかし、決済は薄利多売のビジネスモデルです。取引量に比例してコストが増えてしまっては事業としてスケールしません。テクノロジーで解決する仕組みが必要でした。
金融ドメインの進め方「確認してから作る」
遠藤氏:ここでエンジニアが陥りがちなのが「面白そうだからAIを活用するコードを書こう」と開発に走り出してしまうことです。
しかし、厳格なコンプライアンスが求められる金融ドメインでは、開発に入る前の業務上の前提条件として、「適合性・コスト・リスク管理」の3つのポイントを中心に一つずつ確認する必要があります。(以下図参照)
この業務的な意思決定プロセスを経ることが、何よりも優先される進め方になります。

テクノロジーでスケールする利益構造を生み出す
遠藤氏:事前確認を終えた後、「AI-OCRの強化」「RDBからNoSQLへの移行」「AIを活用した高度な審査ロジック開発」の3つの技術的アプローチを決断しました。

遠藤氏:AI審査により、9割以上の健全な取引は一瞬で自動承認され、AIがグレーだと判断したわずか数%の案件だけを、人間が目視で審査する業務フローへと生まれ変わります。 これにより、今後『Winvoice』上の取引量がどれだけ爆発的に増加しても、運用コストはほぼ一定のまま抑えられるようになります。
私たちにとって最も価値があるのは、綺麗なコードを書くことではなく、技術を駆使して「取引が増えても、コストが増えずにスケールする利益構造」を自分たちの手で生み出すことです。経営課題をエンジニアリングで直接解決する。これこそが、エンジニアがビジネスにもたらす真の価値だと考えています。

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まとめ
遠藤氏:私たちが日々の開発、および意思決定において大切にしているのは、「Constructive Failure(建設的失敗)」「Domain Deep Dive(ドメインの深掘り)」「Replaceability(交換可能性)」という文化です。
一般的な技術のセオリーが通用しないため、「金融×SaaS」の開発は難易度が高いと言えます。だからこそ、表面的なモダンさや美しいコードだけに捉われず、ビジネスの裏側にあるドメインの仕組みまで、エンジニア自身が深くハックしにいく姿勢が不可欠です。
厳しい制約の中で、ドメイン知識と技術を駆使して、真の最適解を見つけ出す。そこにこそ、この領域ならではのエンジニアリングの本質的な面白さがあります。
だから、私たちが求めているのは、「なぜその設計なのか」「なぜその技術なのか」を問い続け、技術の力で巨大なビジネス課題を解決することに情熱を持てる仲間です。莫大な未開拓のブルーオーシャンを、ぜひあなたの手で一緒に切り拓いていきましょう。
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